大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)5728号 判決 2000年8月29日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

吉田裕敏

被告

株式会社セイシン企業

右代表者代表取締役

植田玄彦

右訴訟代理人弁護士

廣渡鉄

右同

上野隆司

右同

髙山満

右同

浅野謙一

主文

一  被告は,原告に対し,1711万2171円及びこれに対する平成10年3月27日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

四  この判決は,第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は,原告に対し,6054万2040円及びこれに対する平成8年11月12日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,後記の事故(以下,「本件事故」という。)によって右前腕切断(右上肢肘下10センチメートルで切断,右上肢のすべての指の欠損)の傷害を負った原告が,当時勤務していた被告に対して,雇用契約上の安全配慮義務違反,または不法行為責任(民法717条の土地工作物責任)に基づき,損害の賠償を求めている事案である。

一  当事者

1  原告は,昭和47年5月30日生まれの男性で,平成8年3月にS工科大学材料工学科を卒業して同年4月に被告に入社した。

原告は,被告の受託加工部利根川工場の製造課に勤務し,本件事故当時は造粒加工業務に従事していた。

2  被告は,昭和43年8月28日に設立された資本金3億円,従業員約200名の粉粒体処理装置の製造及び粉粒体受託加工業務を主たる業務とする会社である。

二  事故の発生

(一)  発生日時 平成8年11月12日午前5時ころ

(二)  事故現場 埼玉県埼玉郡北川辺町<以下略>工業団地内の被告利根川工場の第2工場内(以下,「本件工場」という。)

(三)  事故態様 造粒機のラインにより造粒加工作業に従事中,造粒機に組み合わされて設置されたロータリーバルブ(以下,「本件バルブ」という。)に右腕を巻き込まれた。

(四)  結果 本件事故により,原告は,右上肢肘下10センチメートルの部分で切断を余儀なくされた。

三  治療経過と後遺障害の発生

原告は,前記の傷害により,平成8年11月12日から同年12月14日までの33日間訴外N病院に入院して加療し,その後,平成9年10月9日まで訴外U社会保険病院に通院した(実通院日数は45日間)(<証拠略>)。

原告は,平成9年10月9日をもって症状固定となったが,前述のとおり一上肢を腕関節以上で失ったものとして,労働者災害補償保険法上,後遺障害等級の5級に該当する後遺障害を負った(<証拠略>)。

第三本件の争点

一  被告の責任の有無及び過失相殺

1  原告の主張

(一) 被告の教育・訓練及び安全管理の懈怠

被告は,平成8年4月に原告が被告に入社した後,本件事故までの間,工場内の機械の運転方法等を一通り説明しただけで,本件バルブやスパイラルフィーダーの危険性について,漫然と危ないから中に手を突っ込まないように注意をしただけであった。

粉砕機による加工業務の過程で,加工される材料が本件バルブ内で詰まった場合の処置の仕方について,本件バルブまたはその上にあるサブホッパーを叩くか,サブホッパーの上から加工材料を棒などでつついて材料の流動を促すように教えられたが,それでも材料が詰まった場合の解決方法については教示されていない。

原告は,事故発生前に,係長を含む先輩従業員が,スパイラルフィーダーの運転中に手を突っ込んで作業をしていたのを何度も目撃しており,本件バルブやスパイラルフィーダーに手を突っ込むなという被告の注意は,現場ではほとんど形骸化していた。

原告は,事故当日,3交替勤務の第3勤担当として,同日午前1時から午前9時までの予定で造粒機ラインによる加工業務についたが,造粒機ラインを担当したのはこのときが初めてであった。

(二) 従業員配備上の不備

原告のように入社後僅か7か月程度の未熟練労働者に初めて造粒機ラインを担当させるときは,被告は作業中に生じる可能性のあるトラブルの解消のために,適切な助言と指導の出来るベテランの従業員を1人以上,原告が作業したのと同じ第2工場内に配置すべきであった。

(三) 危険防止装置の不備

本件バルブは,内部に6枚の羽が付いている回転軸が1分間に5回から12回の割合で回転し,サブホッパー内の粉を下の造粒機に送る装置であるが,右バルブにいったん手などを挟まれると巻き込んで,その原形を留めないほどに潰しても停止しないなど極めて危険なものであるのに,巻き込まれたりする危険を防止するための装置を一切付さないまま,原告に使用させた。

(四) 土地工作物の占有者・所有者としての不法行為責任

本件バルブはサブホッパーに取り付けられており,サブホッパーは鉄製の枠により支持されて,造粒機,スパイラルフィーダー等と一連のラインを形成しており,ライン全体が1個の土地工作物に該当し,本件バルブに危険防止装置を付けなかった瑕疵がある。

2  被告の主張

被告は,原告の主張する,被告の責任原因を基本的にすべて否定している。

その上で,被告は,次のとおり,予備的に過失相殺の主張をしている。

(一) 本件機械の構造上,本件バルブ内で材料詰まりが生じるはずはなく,このことは被告に勤務してこの作業に従事する通常人であれば,公知のことであるのに,原告は,軽率にもバルブ内で材料詰まりが発生したと信じ込んだ。

(二) 目の前で本件バルブの羽が回転しているのを現認し,通常人で有れば,危険を感じて手を入れることがないのに,軽率にも回転している本件バルブ内に手を入れた。

(三) 材料詰まりで困ったとしても,当時一緒に勤務していた先輩従業員である訴外T(以下,「訴外T」という。)に援助を申し入れるなどすべきであったにもかかわらず,原告自身の誤った判断で材料詰まりの解消を図ろうとして本件事故を惹起した。

(四) 社内教育や上司等からの口頭の注意等により,作動中の機械には絶対に手を入れないようにとの指導を受けていたのに,それに反して自らの意思で本件バルブ内に手を入れた。

(五) 機械に手を入れるのであれば,機械を停止させるべきであったのに,作動中の本件バルブに手を入れた。

二  損害額及び損害のてん補

損害額,特に原告の後遺障害逸失利益について当事者間に争いがある。

また,被告は,損害のてん補として,労災保険からの各種給付金,被告の負担した治療費等,さらには一部弁済を主張している。

この点は,当裁判所の判断において,当事者の主張を適宜引用しながら検討する。

第四当裁判所の判断

一  争点一について

1  本件事故発生の具体的状況

原告は,事故当日午前1時に勤務について間もなく,材料が本件バルブから排出されない状態であることを認識し,予め先輩達から教えられたように,エアーノッカーを使用し,ホッパーの上から棒でつつき,ホッパーや本件バルブを棒で叩くなどの方法を試したが,いずれも効果がなく,当日一緒の勤務であった1年先輩の訴外Tを事務棟に訪ねて助言を求めたが,原告が既に試した方法しか教えてくれず,それ以上の対処方法を尋ねても,訴外T自身が本件バルブの構造がよく分からないということであった。

原告は,前述の3通りの方法を繰り返したが事態は改善せず,また,与えられた仕事量(ノルマ)を達成できないと,次の勤務と(ママ)人と一緒に作業をやる必要があるので,なんとしても材料詰まりを解消したいと思った。

原告は,本件バルブ内部で材料が固まっているのではないかと考え,本件バルブの下から中をのぞいてみると,本件バルブのブレードに材料が付着してローターが円柱状に回転しているのが見え,原告は,ブレードに付着した材料を取り除けばバルブ本来の排出力が回復すると考えた。

原告としては,本件バルブの回転がゆっくりであるから素早くやれば大丈夫という安心感と,先輩達が機械の作動中に手を突っ込んでいるのを見ていてあまり危険との認識を持てなかったのだが,実際には予想以上にバルブが早く回っていたので,右手を巻き込まれて負傷した(以上は原告本人,<証拠略>)。

2  本件事故発生についての被告の責任

以上の事故発生状況を念頭に置きつつ,本件事故の原因を当事者双方の主張に沿って,簡潔に検討する。

(一) 教育・訓練及び安全管理の懈怠

被告は,原告を含む新入社員に対して4月の上旬に研修を行っており(<人証略>),時期的に概要を説明するだけであったのもやむを得ないであろう。

さらに,安全講習(平成8年9月7日及び14日)及び実地研修を実施したことは認められるが,安全講習を原告が受講したかは明らかではなく,また,実地研修の内容が実際の作業を一人で担当させるだけの内容を有していたかは疑問の余地はある。

しかしながら,被告の業務内容及び原告の学歴を勘案すれば,実際に仕事として作業に従事する際に確実な指導があれば,特に切迫した危険性があるとは考えられず,事前の講義や講習において,被告が著しく安全管理を怠っており,それが本件事故の原因となっているとまでは認定できない。

次に,被告の本件工場においては,機械の作動中に手を入れて作業することが多く,たとえば,粉砕機の払い出しのために,機械の作動中にテーブルフィーダーの上から手を入れて行うことが多く(一度機械を停止させるともう一度立ち上げるのに20から30分かかるので作業効率が落ちる。),また,被告の主張する作業標準書も存在はするものの,従業員全体に周知徹底していたとまでは評価できない(<人証略>,原告本人)。

したがって,本件工場全体に機械を止めずに作業する風潮があって,原告も,これにより本件バルブの危険性をよく認識できなかったものと認めることができる。被告としては,このような作業の仕方を一掃するべきであったのであり,機械を作動しながら作業をすれば,本件のような事故に結びつくことは容易に予見できたものと言える。

なお,被告は,本件バルブは排出機であるのに対し,スパイラルフィーダーは供給機であるから,両者を並列に論じるのは不合理であるとも主張するが,いずれも,吸い込み,巻き込み等の危険はあるのであって,本来は機械を停止して作業すべきものである点も共通している。

(二) 従業員配備上の不備

原告は,造粒機ラインでの加工業務は,本件事故のときが初めてであった。被告は,原告がそれ以前に右作業を担当していると主張しているが,その際には専ら梱包の仕事のみで造粒の作業を行っておらず,造粒機の動かし方を教わったのは,本件事故の数日前に,先輩(S)から,造粒機の操作を15分くらいで一通りやって見せてもらったという程度である(原告本人)。

このような原告に夜勤をさせるについては,とりわけ,適切な指導・監督ができる状況において就労させるべきである。

現に原告は,前述のように,作業が進まないために困って訴外Tに相談しているのであり,相談しても事態が改善できなかったために,原告自身の考えで行動して本件事故に至ったものである。

被告としては,危険性を伴う業務の場合,慣れていない従業員をどのような勤務態勢(指導態勢)で作業に従事させるかは慎重に検討すべきであったのに,本件事故当日同じ夜勤になったのは原告よりも1年だけ先輩で,機械の構造等にもあまり詳しくない訴外Tであったことが,本件事故に大きく影響している。

(三) 危険防止装置の不備

本件バルブは,たしかに危険性を有する機械であるが,通常の用法に従っていれば,人体に傷害をもたらす危険を常に有しているとまでは認められない。

したがって,本件バルブにつき,危険防止装置を付けないことが直接的に本件事故の原因であり,また,被告の過失であるとまでは言えない。

(四) 土地工作物の占有者・所有者としての責任

原告が主張するように,本件工場のライン全体が1個の土地の工作物と言えるとしても,前述したように,右ラインを構成する本件バルブ等の機械自体が直接的に人体に傷害を与えるような危険性を有しているとは認められないから,瑕疵と評価することはできない。この点の原告の主張は失当である。

(五) まとめ

以上によれば,被告には,原告との雇用契約に基づき,本件工場内で機械を作動しながら手を機械に入れて作業を行っていたという状況を放置し,原告に,手を機械の中に入れることの危険を徹底的に認識させることができなかった過失,及び,原告が,事故当日,実質的には造粒機ラインで稼働するのが初めてであったことを考慮して,安全確保の見地から,当日の担当者について配慮する(たとえば,その日だけは原告を指導できる作業員を原告と同じ第2工場に配置するなど)べきであったのに,これを怠った過失が認められる。

3  過失相殺について

被告の主張する(二),(四)及び(五)については,原告の過失相殺事由として評価できる。

ただし,(四)及び(五)については,口頭では注意を受けていたものの,前述のとおり実際には本件工場内で,他の従業員も,作動中の機械に手を入れて作業していたのであるから,この点を大きく過失相殺事由として評価することはできない。

(一)については,前提事実として,本件事故時の材料詰まりの原因が解明されている訳ではないから過失相殺事由としてあげること自体相当ではないし,(三)については,原告は,現実に訴外Tに相談に行っていたのであるから,それぞれ過失相殺事由の主張としては失当である。

次に,過失相殺の割合であるが,まず,本件バルブはその作動中に下から手を入れることは予定されていない機械であること,次に,原告は,大学の材料工学科を卒業し,機械一般についてもそれなりの知識を有していたと認められること,さらには,本件バルブがその中に手を入れれば危険であることが明らかであるのに,原告は,意識的に右手を入れたことなどの諸事情によれば,原告の過失は相当重大であると言わざるを得ず,当時原告が時間に追われる(ママ)焦っていたことをも斟酌しても,50パーセントの過失相殺をするのが相当である。

二  争点二(損害額)について

損害額の認定については,別紙の損害計算書を参照していただきたい。また,本文においては,冒頭に裁判所の認定額を示すとともに,括弧内に原告の請求額を示すこととする。なお,原告の請求は,最終的には一部請求となっているから,各括弧内の請求金額の合計額と請求の趣旨で示されている請求金額とは一致しない。

1  入院雑費 4万2900円(原告の請求どおり)

原告は,平成8年11月12日から同年12月14日までの33日間N病院に入院したので,その間1日1300円の割合による入院雑費を要したものと認められる。

2  入院付添費 19万8000円(原告の請求どおり)

原告の受傷状態から見て,入院期間中家族が付き添うことが必要であったと認められるから,1日あたり6000円の割合で合計19万8000円となる。

3  義手購入費 15万円(原告の請求どおり,<証拠略>)

4  義手更新費 64万0875円(原告の請求どおり)

上肢義手の耐用年数は4年とされているところ(<証拠略>),原告は,25歳で最初に義手を作成したから(<証拠略>),平均余命約53年の間に13回義手を作り替えることになる。

義手を作成するに当たり,原告の負担分は15万円であるから,これをライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,原告主張のとおり前記の金額になる。

5  休業損害 87万1800円(原告の請求どおり)

原告は,平成8年11月13日から同9年10月31日までの間の給与と労災給付との差額及び平成9年夏季の賞与を休業損害として請求しているが,(証拠略)及び弁論の全趣旨(被告の認否及びこの点に関する反証がないこと)によれば,以下のように,原告の算定どおりの損害を認めることができる。

(一) 平成8年11月から同9年3月まで

19万8000円×0.2×4.5(か月)=17万8200円

(二) 平成9年4月から同年10月まで

20万4000円×0.2×7(か月)=28万5600円

(三) 平成9年夏季賞与

その時点での給与の2か月分の賞与を受け得たはずである。

20万4000円×2=40万8000円

6  逸失利益 2964万5226円 (7806万4866円)

原告は,平成8年の賃金センサスの産業計,企業規模計,学歴計の男子労働者の全年齢平均賃金を基礎収入とし,労働能力喪失率を79パーセント,年5パーセントのライプニッツ係数を用いて中間利息を控除した金額を請求している。

これに対して,被告は,原告の年収が,事故当時は326万円余りであったところ,事故後は354万円余りと増加していることを根拠に,原告には,後遺障害逸失利益は存在しないと主張している。

たしかに,被告の指摘するように,原告が,訴外株式会社H技術研究所栃木研究所(以下,「訴外会社」という。)から平成10年に支給を受けた給与の総額は354万円余りであり(<証拠略>),一見減収がないように見える。

しかし,原告の負った後遺障害は前記のとおり重大なもので,原告の労働能力に及ぼす影響は大きく,訴外会社内部での原告と同年齢の者の給与平均と比較すると,平成10年において約80万円以上原告の方が少なかったことが窺われ(<証拠略>),被告の主張するように,一見減収がないように見えるのは,主として,原告が被告よりも給与水準の高い訴外会社に就職したことによるものであることは明らかであり,原告が,訴外会社に就職する(現在は研究職に従事)については,左手のみで自動車を運転できる,左手で文字を早く書く,左手のみでパソコンを早く操作するといった原告の努力が存在したのであり(<証拠略>),それでも,訴外会社の他の労働者と比較すると給与は少なく,今後の昇級や昇格等においても,原告の後遺障害のために不利になることが当然予想され,さらには,転職の必要が生じた場合は,より原告に不利な待遇となることは相当程度明らかである。

以上によれば,原告の後遺障害を原因とする逸失利益は,現に存在し,かつ,今後もその存在の蓋然性は立証されていると評価でき,その程度は,原告の主張する基礎収入を前提とするときは(原告は大学を卒業しているから,男子の大学卒の全年齢平均の統計数値を用いることも考えられる。),労働能力喪失率を30パーセントと考えるのが相当である。

ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,後遺障害逸失利益の現価は,2964万5226円となる。

567万1600円×0.3×17.4232=2964万5226円

7  慰謝料 合計1430万円(原告の請求合計1459万円)

原告は,本件傷害により,平成8年11月12日から同年12月14日までの33日間N病院に入院し,その後平成9年10月9日までの期間に45日間,U社会保険病院に実際に通院した(<証拠略>)。

この間の原告の身体的,精神的苦痛を慰謝するためには,130万円をもって相当とする。

また,原告は,前記のとおり右前腕切断という重大な後遺障害を負ったのであり,右後遺障害に対する慰謝料は,1300万円とするのが相当である。

8  小計 4584万8801円

以上の小計は,4584万8801円となる。

9  過失相殺

前述のとおり,原告にも過失相殺されるべき事由が存在し,その割合は50パーセントと認められるから,原告の請求できる金額は,2292万4400円である。

10  損害のてん補

被告は,損害のてん補として,労災保険による各種給付,被告による治療費等の一部負担,さらには一部弁済を主張しているので,以下において検討する。

(一) 被告による治療費の一部負担

被告は,原告の入院費用等として次のとおり,合計8万9988円を支払った(<証拠略>)。

平成8年11月12日 入院用品・食事代 2万5304円

平成8年12月6日 入院費用 3万1106円

平成8年12月13日 入院費用 1万8437円

平成8年12月16日 入院費用 1万5141円

右は,原告の請求している範囲外のものであるが,被告が本件事故に関連して相当な範囲で支出した金員であるから,これを損害と評価した上でてん補の処理をする。

(二) 労災給付

(1) 療養給付 右(一)と合計して56万0881円のてん補

原告には,労災保険による療養給付として131万2248円が支払われている(<証拠略>)。原告は,損害として治療費を請求しておらず,右てん補の主張も原告の請求している範囲外であるが,本件事故に直接的に起因して支出されたものであるから,損害として評価した上でてん補の処理をする。

右金額と前記(一)と合算すると,合計140万2236円となる。

したがって,原告が右損害額に関して請求できる金額(過失相殺後の半分の金額70万1118円である)に,(一)及び(二)の(1)の各半額が充当され,(一)の半額である4万4994円が9で示した金額に充当され,(二)の(1)の療養給付については,労働者災害補償保険法12条の4の解釈から,労災保険上の給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害が同じ性質である場合に,民事上の損害へのてん補が肯定されると解されるから,本件における原告の損害のうち,治療費以外に充当されるのは,入院雑費,入院付添費,義手作成費用及び義手更新費用である(同法13条参照)。

したがって,入院雑費,入院付添費,義手作成費用及び義手更新費用についての,原告請求可能額(過失相殺後の金額)である51万5887円につき,労災からの療養給付によるてん補が認められる。

以上,総合すると,合計で,56万0881円のてん補が認められる。

(2) 療養補償給付たる療養の費用 てん補なし

これは,実際に給付がなされていると思料されるが,原告の請求している範囲外であり,しかも,右給付と性質を同一にする損害は本件で計上されていない。したがって,てん補の対象がない。

(3) 休業補償給付 43万5900円のてん補

被告は,平成8年11月12日から同9年10月9日までの休業補償給付124万4801円,休業特別支給金41万4725円のてん補を主張している。

しかし,休業特別支給金は,被災労働者の福祉の増進を図ったもので,前記の条文(労災法12条の4)でも,代位の原因となる給付としていないことから,そもそも損害のてん補とならないものと考えるのが相当である。

休業補償給付についても,過失相殺後に控除するから,休業損害全体の額(訴状を前提にすると,231万9000円)に過失相殺の処置をした115万9500円から,休業補償給付を控除すると,休業補償給付額は124万4801円であるから,全額てん補済みということになる。

したがって,原告が休業補償として請求可能な額(43万5900円)についてはてん補されることとなる。

(4) 障害補償年金 523万6910円のてん補

特別年金及び定額の特別支給金は,(3)の休業特別支給金と同じ趣旨で,損害のてん補として扱うことは相当ではない。

原告は,本件請求において,予め523万6910円の損害のてん補を承認している。右金額は必ずしも損害のてん補とも言い難いが,原告がその点を意識的に控除してきている点,支払われることが確実であること等からみて,本件においては,給付を命ずる金額から控除するのが相当であると解される(労災法64条参照)。なお,原告が請求できる後遺障害逸失利益分は,過失相殺後でも1500万円近く,523万6910円が全額てん補されるであろうことは明らかである。

(三) 被告の一部弁済 207万8538円のてん補

被告は,平成12年2月18日に207万8538円を原告に対して支払った(<証拠略>)。

これについて,原告は,右金員は,被告と訴外日本生命保険相互会社との間の団体定期保険契約に基づき,原告の被災による傷害を契機に被告に支払われたものであり,しかも,原告が右保険契約の被保険者になることに同意した際に,原告と被告との間で,右保険金は原告にそのまま支払う旨の黙示の合意があったと主張している。

しかしながら,原告の主張するような合意は成立したと認めるべき証拠はない。

したがって,右金員は,確かに保険金として被告が受領したものであっても,被告の一部弁済として扱うべきである。

(四) 小計

以上により,てん補される金額の合計は,831万2229円である。

11  弁護士費用 250万円(原告の請求額500万円)

原告が原告代理人に対して本件訴訟の提起,追行を依頼したことは当裁判所に顕著な事実であるところ,本件事案の内容,認容額及び審理経過(被告の応訴態度を含む。)に照らし,被告に請求できる弁護士費用としては,250万円が相当と認める。

12  合計額 1711万2171円

原告の請求は,1711万2171円及び,本件請求が債務不履行に基づく損害賠償請求であることから,期限の定めのない債務として債権者から履行の請求を受けたときから履行遅滞に陥るから,被告が本訴状の送達を受けた日の翌日である平成10年3月27日から年5分の割合による遅延損害金を請求できる。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

損害計算書

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例